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「腸が脳に食欲STOPを送る」仕組み|Nature 2025の最新研究と生活へのヒント
【導入】
腸と脳は神経で直結し、食欲は腸からの信号で細やかに調節されます。最新のNature
論文は、腸内細菌由来の「フラジェリン」を腸が感知し、迷走神経を介して食欲を抑える
新しい経路を示しました。専門用語も丁寧に解説し、日々の生活での活かし方まで、脳神経内科専門医の視点でご案内します。
【キーワードの基礎】
フラジェリン=細菌の尻尾(鞭毛)を作るたんぱく質です。TLR5=異物の特徴(フラジェ
リン)を見分ける受容体の名前です。PYY=腸の細胞から出る「満腹ホルモン」の一種で、
食欲を抑えます。迷走神経=腸から脳へ素早く情報を送る神経の大動脈のような線です。
ニューロポッド細胞=腸で刺激を電気信号に変えて神経に伝える細胞です。
【腸は「細菌の合図」を感じる】
腸のとくに大腸では、PYYを出すニューロポッド細胞がTLR5を持ちます。ここにフラジェ
リンが触れるとPYYが放出され、近くの迷走神経末端が反応。その信号が脳に届き、私たち
は「もう十分食べた」と感じやすくなります。難しい免疫反応や代謝変化を介さず、数十秒
単位で食欲を調節できるのが今回の発見の大きなポイントです(動物実験の結果に基づく)。
【仕組みの流れを一文で】
フラジェリン → TLR5(PYY細胞) → PYY放出 → 迷走神経(Y2受容体) → 脳 → 摂食↓。
専門的には、PYYはNPY2R(Y2)という受容体を介して神経を抑制的に働かせます。結果と
して「一回の食事量が小さくなる」「食べ始めが遅れる」傾向が観察され、食べ過ぎを防ぐ
仕組みの一端を説明できると考えられます(動物データ)。人で同じ強さに働くかは今後の
臨床研究の課題ですが、道筋は明確になりました。
【ここが新しい:ニューロバイオティック・センス】
視覚や嗅覚のように、腸にも「細菌パターンを感じる感覚」があるという発想です。著者ら
はこれを「Neurobiotic sense(神経+生物群の感覚)」と名づけました。「栄養の味」だけ
でなく「微生物の合図」を脳へダイレクトに伝えるのが特徴で、腸内環境と行動(食べ方)
の距離が、従来よりずっと近いことを示唆します。腸活の科学的基盤が一段と厚くなった、
と言い換えてよいでしょう。
【誤解しないための注意】
フラジェリンは「与えれば痩せる魔法」ではありません。過剰や種類の違いで免疫系に影響
しうるため、安易な自己投与は推奨されません(本研究はマウス)。あくまで「腸が微生物
の合図で食欲を調整する回路がある」ことの発見です。人に応用するには、安全性や用量、
個人差(腸内細菌叢の違い)の検証が必要です。まずは生活習慣の土台を整え、腸が働きや
すい環境を整えるのが先決です。
【私たちの生活にどう活かす?】
ポイントは「腸内細菌が喜ぶ食事」と「食事リズム」です。①発酵食品・食物繊維・ポリフ
ェノールを毎日こつこつ摂る(腸内多様性↑)。②ゆっくり噛み、食事時間を規則的にする
(腸‐脳の信号を拾いやすく)。③睡眠・運動・ストレス管理で自律神経を整える(迷走神
経の働きを後押し)。④過度な抗菌志向や極端なダイエットは避け、腸のバランス維持を優
先すること。こうした地味な積み重ねが、食べ過ぎを防ぐ生体の仕組みを支えます。
【疾患との関係は?】
動物研究では、TLR5が働かないと肥満や食行動の変化が起きる可能性が示唆され、代謝疾
患や過食との関連が検討されています。ただし人での因果はこれから。肥満、糖尿病、過食
傾向の背景に「腸‐脳コミュニケーション」が潜むかもしれず、将来は腸内環境介入+神経
経路の調整という新たな治療の扉が開く可能性があります。現時点では、医療者の伴走のも
とで標準治療を基本に生活改善を積み上げましょう。
【まとめ】
腸は、栄養だけでなく腸内細菌の「合図」も脳へ伝えることがわかってきました。フラジェ
リン→TLR5→PYY→迷走神経の回路は、食欲を素早く抑える刹那の仕組み。生活側からは、
腸内多様性を育て、自律神経を整えることが最良の後押しです。最先端の知見を、今日の「
よく噛む・整える・休む」という基本に結びつけましょう。小さな一歩の積み重ねが、食べ
過ぎない身体の賢さを引き出してくれます。
【当院からのお知らせ(コマーシャル)】
那覇市の「シーサー通り内科リハビリクリニック」は、内科・脳神経内科・リハビリに加え
、動脈硬化専門外来、認知症・頭痛外来、メタボ評価(CTで内臓脂肪・COPD評価)に対応。
脳神経超音波、各種リハビリ(コグニバイク、衝撃波治療、迷走神経耳介刺激)も実施。生
活習慣病から脳の健康づくりまで、エビデンスに基づく「腸‐脳」視点で伴走します。受診
相談・Web予約はお気軽にどうぞ。
【参考文献・リンク】
Liu WW, et al. A gut sense for a microbial pattern regulates feeding. Nature. 2025;645:729-736.
DOI: https://doi.org/10.1038/s41586-025-09301-7
